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「Eluveitie大好きだけどOriginsはHelvetiosのリサイクルみたいだ。」

皆様、日課はありますか?
僕は朝昼晩、特に時間は決まってませんが、Youtubeで「Eluveitie」と検索して、アップロード順に並び替え、新しいものが無いか確認をしてます。
日課というよりはもはや癖や病気に近いのかもしれません。検索の欄があればどんなサイトであれ気付けばこの9文字を打ち込んでしまっています。

気持ちの悪いこの癖からお気づきの方もいるかと思いますが、Eluveitieが大好きです。
出会ったのは今から4、5年前。ネットを徘徊していた時に「初心者にも勧められるメタル」のような名前の掲示板で偶然見つけたInis monaがきっかけでした。
あのPV、素晴らしいですよね!異国が詰め込んであって。意味の分からないものだらけで何も理解できないのに自然と口元が緩んでいたのを今も覚えています。
メタルなんて聞いたこともなかったのに、クリゲルさんの声に一瞬で恋に落ちて突き進んだまま今に至ります。


今日書くのは少し批判的と取られてしまうかも知れない内容ですが…
ずっともやもやと感じていたことを書いてみようかと思います。

書こうと思ったきっかけは、また例の癖なんですが、TwitterでEluveitieと検索したときに見つけた「Eluveitie大好きだけどOriginsはHelvetiosのリサイクルみたいだ。」というツイート。
何処の誰かも知らない人のツイートに、はっとさせられました。今まで感じていたもやっとしたものはこれだったのかと。

では、本題を

「ティンホイッスル、Eluveitieと僕と、時々カエサル」

Ven→Sprit→Slania→Evocation I→Everything remains…の流れは素晴らしく、毎回変化と進化が見えていたのに、Helvetios以降少し落ち着いてしまった感じがある。薄々感じつつもファン心が目を逸らさせていた。それまでが模索中でやっと完成形を見つけたのかもしれないが、定型文のようなものができてしまっているように感じる。技術も音質も今までより向上し聞きやすくなっているのだが、どうにも完璧すぎる。

技術向上のせいで曲の輝きがなくなるというのはよく聞くが、Uis Elvetiは良い例ではないか。
Eluveitieはこの曲をVen, Spirit, 再録版Venで3度音源化しているが、果たして進化だったのだろうか?VenはEpなので音質も良くは無いしVocalもクリゲルさんでは無く、お世辞にもうまいとは言えないVocalなのだが、その必死さが曲に現実味を与え、土や草の香りを感じさせてくれる。SpiritではVocalがクリゲルさんになって、音質も格段に上がった。歌にも演奏にも息遣いが確かにあり、まさにSpiritというこのアルバム名の通り、魂や命を感じさせていた。
しかし、再録版Venではどうだろうか?音質は今までとは比べ物にならない程に向上し、一つ一つの音が鮮明になった。女性のコーラスも初期Venの弱々しい声でなくアンナさんの力強い声になった。しかし、完璧になったこの曲からは何も感じられない。
熱いものは確かにある。しかし、何とも都会的な音になってしまっているのだ。
技術の向上に伴い森を捨てた人々のように、彼らはもう森を出たのではないだろうか。
ローマ軍と戦うために。


「フォークメタル」という点から見ても、Helvetios以降少しずれを感じ始めた。
もちろん、Luxtosを聞けば「C’est dans dix ans, je m’en irai」と口ずさみたくなり、Scorched Earthを聞けばブルターニュの「An hini a garan」が頭に浮かぶようにフォークの部分もしっかりと残っているし、Originsでも大部分はしっかりとフォークである。伝統的なメロディを使用していない曲でも伝統的な形式を守りトラッドを感じさせてきた。
しかし、Helvetios以降増え始めたいわゆる「歌もの」にトラッドは感じられない。
例えばRose for epona。今はもう慣れて好きになったが、あのPVをEluveitieが公開した当時は少し困惑したし、今でもあれはフォークなのかと言われると首を縦には触れない。Alesiaに関しても同じ感想が出てしまう。使っている楽器がフォークなだけでメロディはフォークではない。
コンセプトアルバムだから物語を伝える上でこういうことは仕方ないとも言えるが、やはり少しずつずれ始めたことは否定できないのではないだろうか。

またEluveitieの核となる部分で、曲中もメインを担ってきた民族楽器が少しずつただの伴奏になっていってしまっているように思える。
Spiritを、Your gaulish warを、Tegernakoを思い出す時、浮かぶのはクリゲルさんの声と笛の音、マンドラやヴァイオリン(フィドル)、ハーディガーディの弦の響き、そしてそれらを支えるリズミカルで重たいメタルの楽器隊の全てだ。ふと木々や川の音も浮かんでくる。

だが今、Originsの曲を浮かべた時、どうしてもメロディやリズムばかりが浮かんで、それらを真っ先に思い浮かべることができなくなってしまった。HelvetiosもOriginsも素晴らしいが、全編通して、完成された完璧な映画を見ているようで、やはり都会的な物を感じてしまう。

憧れからEluveitieを神格化してしまっているようなところがあるが、やはり彼らも人間なのだと最近何度か気付かされている。しかし、こういう戸惑いを感じられるのも、同時代に生き、バンドを現在進行形で追いかけているという幸せの一部なのだろう。



これで終わりです。
今まで書いた思い付きの文すべてを纏めるための技術は持ち合わせていないので、こんな中途半端な状態で終わることになりますが、以上、もやもやと感じていることでした。
偉そうに色々と書いていますがあくまで僕の個人的な意見ですので……
どれが良いとか悪いとかではなく、すべて大好きな上で書いたことなのでファンの方々、どうかお許しを……
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【 2015/02/15 (Sun) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)
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